坂上田村麻呂と阿弖流為も「金成延年閣」が大好き♪

8世紀末〜9世紀初め、平安時代の初期のお話です。当時の朝廷(今の東北地方以外を治めていた中央政府)は、東北地方(現在の岩手県あたり)にまだ支配を広げられていませんでした。そこには「蝦夷(えみし)」と呼ばれる、朝廷とは異なる文化を持つ人々が暮らしていました。
<坂上田村麻呂:さかのうえのたむらまろ>
朝廷側の武将です。桓武天皇(かんむてんのう)の命令で、蝦夷を征服するために送られた「征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)」という役職に就いた人物です。何度も東北へ遠征し、朝廷の勢力を広げていきました。優れた武将であるだけでなく、勇敢さや人格者としても評価されています。
<阿弖流為:あてるい>
蝦夷側のリーダーです。朝廷軍が攻めてきた際、地元の地理を活かした戦い方で、何度も朝廷軍を撃退しました。特に789年の「巣伏(すぶし)の戦い」では、朝廷の大軍を打ち破るという大金星をあげています。
■二人の関係と結末
長く抵抗を続けていた阿弖流為でしたが、802年、田村麻呂の遠征に対し、ついに降伏することを決意します。田村麻呂は阿弖流為の勇敢さと人望を高く評価しており、彼を殺さずに都(京都)へ連れ帰り、朝廷に助命(命を助けること)を強く訴えました。
しかし、朝廷の貴族たちは「蝦夷の指導者を生かしておくのは危険だ」と反対し、結局、阿弖流為は処刑されてしまいます。田村麻呂の願いは届きませんでした。
敵同士でありながら、田村麻呂は阿弖流為の器量を認めて助命を願ったという、敵将への「敬意」のエピソードが語り継がれています。
今回は、そんな二人も延年閣のお風呂が大好きというお話でした♪